[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「まさか直前までこんな事する羽目に
なるとは思いませんでしたよ」
はい、これで最後ですっ!そう言って新八は抱えていた
プリントの束を勢い良く机の上に置いた。
その為、上にある数枚がヒラヒラと舞い、束から落ちたが
椅子に座っている銀八は悪びれもせず、ひょいと肩眉を
上げただけだった。
新八はそれを見て、一つ息を零すと、落ちたプリントを拾い
元の場所へと戻した。
「全く・・・これからはちゃんと自分でして下さいよ?
僕、もう卒業するんですから」
そう言って新八は呆れたような困ったような、
そしてちょっとだけ寂しそうな笑みを浮かべた。
「・・・心配なら卒業しなきゃいいと思うんですけど~」
「いや、それ先生の台詞じゃないですよね?
と言うか大人としての言葉でもないですよね?」
アホですか、アンタ。今度は普通に笑って言われ、
銀八はひっそり、胸を撫で下ろした。
しんみりした雰囲気はどうにも居心地が悪い。
特にこの時期、卒業の時期は心底そう思う。
何時だって生徒は、気軽に俺を置いて行ってしまうから。
勝手に懐いて、思い出を残して、そして別れの感傷に浸って。
そしてその中に俺を残したまま、さっさと次の世界へと
旅立ってしまうから。
・・・なんでこんな季節があるんだか。
銀八はつい、そう思ってしまう。
特に、今年は・・・
「・・・ね、先生」
ぼんやりとそんな事を思っていると、不意に新八から声を
掛けられた。
視線を上げると、そこには何が見えているのか、銀八に
顔を背けてゆっくりと室内を見渡している新八の姿が。
「・・・何?」
少しばかり嫌なモノが銀八の胸を過ぎったが、それ以上
新八が口を開きそうにもなかったので、渋々続きを促す。
それに勇気付けられたかのように、新八は少しだけ顔を俯かせると、
ゆっくりと口を開いた。
「僕、何だかんだ言ってたけど・・・楽しかったです、本当に。
先生の手伝いも、最初はなんで僕だけっ!・・・とか
思ってたけど、でも・・・嫌じゃなかったし。
いや、カビたパンの除去とかは嫌だったんで、
これからは絶対しないで欲しいんですけど・・・って、
もう僕、関係ないですね、これ。
・・・って、そうじゃなくてっ!あ、あの僕っ!」
そう言ってバッと銀八の方へと顔を向けてきた新八に、
銀八は椅子から立ち上がって、すっと腕を伸ばす。
そして新八が何かを言う前に、ギュッと抱き締めた。
「・・・俺も・・・さ」
「え?」
銀八の肩口に顔を埋める形になった新八は、呟かれた言葉に
僅かに顔を上げる。
だが、直ぐに銀八の手が伸び、軽く頭を撫でられる事で
銀八の顔を見る事は出来なかった。
再び肩口に埋まった新八の頭を、尚も優しく撫でながら、
銀八は言葉を続ける。
「俺も、楽しかったよ、新八。
本当・・・お前等の先生にやって良かったわ。
・・・ま、それ以上に後悔もしたけどよ」
だから、有難う。・・・と。
その言葉に、固まっていた新八の体からふっと力が抜けた。
そして今度は、自分の意思で銀八の肩口へと顔を埋めていった。
「そう・・・ですか」
「・・・あぁ。
いい生徒だったよ、オマエは」
「・・・そう・・・ですか」
うっ・・・と小さな声がして、銀八は新八の肩が微かに震えるのを
感じた。
それを宥める様に、ゆっくりと頭を撫でていく。
この一年、何度も触った頭だ。
この一年、何時も傍にいた頭だ。
けれど、それもきっとこれが最後なのだろう。
ならばこの感触を忘れないように・・・
そして出来れば新八もこの感触を忘れないように・・・
そう願いながら、銀八は何度も何度も、新八の頭を撫でていった。
「卒業・・・ね」
誰も居なくなった準備室で一人、銀八はボソリと呟いた。
視線の先には、先程新八が出て行った扉があって。
そこを出て行った新八の顔が目の奥から消えなくて、
少しだけ銀八の眉が寄る。
あれから少しだけ銀八の肩で泣いた新八だったが、
顔を上げた時には既に涙はなく、微かではあったが
笑みも浮かべていた。
『なんか卒業って雰囲気に飲まれちゃったみたいです』
すみません。そう言って頭を下げると、そのまま
何時ものように挨拶をして扉から出て行ってしまった。
ちゃんと笑顔で。
きちんと挨拶して。
でも、何時もとは違い、少しだけ目元を赤らめて。
それは多分、銀八が遮った新八の言葉が原因で。
新八が伝えたかった事。
それはきっと、ずっと銀八が願っていた言葉だ。
願って、待ち焦がれて、自分も言いたくて。
けれど、それ以上に聞いてはいけない言葉でもあって。
先生と生徒だから・・・と言う事ではない。
いや、それも関係はあるのだけど、でも・・・
「・・・オマエ、卒業じゃん」
置いていく者と、置いていかれる者・・・なのだ、俺達は。
新しい生活とは、新しい世界と言う事だ。
新しい環境、新しい日常、新しい交友関係。
閉鎖された環境の中だけでは出会えなかったものに、
きっとたくさん巡り合うだろう。
そんな日々に、ゆっくりと振り返る暇等ない筈だ。
だから俺は・・・
「・・・なんてな・・・」
銀八は小さく笑みを零すと、視線を足元へと落とした。
「弱いだけなんだけどな、俺が」
先生と生徒と言う、例え過去になったとしても変わることのない
不動の関係から、
恋人と言う、いつ別れがきてもおかしくない不安定な関係に。
そんな、もしかしたらあったかもしれない、新しい世界に。
俺は・・・心底恐怖する。
だってそんな関係にならなければ。
今のままの関係で別れたならば。
卒業したって、何処で会ったって。
きっと会った瞬間、ここにあった雰囲気に帰る事が出来る筈だ。
俺は少し怠け者の教師で。
あいつはそれが見過ごせない、生真面目な世話焼きで。
例え長い年月が過ぎようとしても、きっと今までのように
笑い合う事が出来る筈だ。
でも、もし付き合って別れるなんて事になったら・・・
・・・きっともう二度と、戻る事は出来ないだろう。
それが・・・俺にはとても・・・怖い。
見詰めた足は、そんな俺の気持ちを表すかのように、
まるで縫いつけられたように、ピクリとも動く気配を見せなかった。
「ってか、最後の最後でやってくれるよな、新八も」
なんとなく判っていたけど、新八の性格上、まさか言い出すとは
思っていなかった。
だから安心して、最後の最後まで取るに足らない用事を言いつけて
一緒の時間を作っていたのだけれど・・・
本当、勝手に懐いて、勝手に思い出をつくって、勝手に感傷に浸って。
「・・・あぁ、それは俺もか」
銀八は呟いて苦笑すると、そっと握っていた掌を開いた。
そこには、鈍く光る一個のボタン。
先程新八を抱き締めた時、密かに奪い取ったものだ。
それに小さく口付けると、銀八はひっそりと口元を緩ませた。
胸のボタンがないのに、新八がいつ気付くだろうか。
きっとあの生真面目な性格だ、帰って直ぐかもしれない。
でも、何処で失くしたのかなんて、判らないだろうな。
まさか俺が持っているとは思いもつかないだろうし。
そう思うと、少しだけ愉快になる。
銀八は、まるで新八の代わりのように、
ボタンを優しく掌に包み込んだ。
「せめてこれぐらいは俺の元に残ってろよな・・・」
勝手に懐いて、勝手に思い出を作って、勝手に感傷に浸って。
そして彼は勝手に旅立っていき、
俺は勝手に置き土産を貰う。
「卒業式・・・潰れねぇかなぁ」
そんな事になっても、何も変わらないのだろうけど。
教師としてあるまじき願いだろうけど。
でも零れ落ちてしまう願い事に、銀八は自嘲気味に苦笑を浮かべた。
********
一度はやりたい卒業話。
弱虫坂田は如何ですか?(コラ)