[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「・・・もうこうなったら実力行使しかないネ!」
「いや、待て待て。とりあえずその手の物は置いとけ、神楽。」
「何でヨ。話もいっぱいしたし、色んなトコにも連れてったヨ。
おまけにちゃんとお手伝いもしてるネ。なのに戻らないんだから
後は実力行使しか残ってないヨ」
「や、だからってソファはないから、ソファは。
そんな事したら命すら残りそうにないからね、本当っ!」
新八が記憶を失ってから既に三週間。
懸命に頑張っていた神楽だったが、流石に焦れてきたらしい。
居間にあるソファを持ち上げ、今にも台所にいる新八の
元へと突進しそうな状態に、慌てて銀時が待ったを掛けていた。
「大丈夫ヨ。テレビだって叩けば直るネ」
「そりゃ何時の時代のテレビだよ!
いいから、もう置けってっ!!これ以上新八の記憶なくなったら
どうすんだっ!!」
銀時が強く言うと、神楽は一瞬言葉に詰まり、渋々ソファを
放り投げた。
「だって・・・どうすればいいネ。私、もう新八が
辛い顔するの、見たくないヨ」
下を向き、ギュッと唇を噛み締める神楽に、銀時は何も言う事が
出来ず、頭を掻いた。
最初は銀時達を胡散臭げな顔で見ていた新八だったが、
記憶が無い事を実感した後は、とても申し訳なさそうな
表情へと変わり、懸命に思い出そうと努力していた。
それに加え、元々無くなったのは数年分の記憶で、新八の元となる部分は
変わっていないのだから、銀時達への態度も元のように戻っていった。
だが、だからこそ出てきてしまう僅かなズレはあるもので。
気を付けているものの、やはり顔に出てしまうらしい。
そんな時の銀時達の顔を見た新八は、とても辛そうだった。
けれど・・・と銀時は思う。
だってそれは、記憶がなくても、それだけ俺達の事を大事に
思ってくれていると言う証拠なのではないか・・・と。
銀時は俯いてしまっている神楽の頭を数回撫でると、
言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「・・・アイツだって同じ気持ちさ。
だからもう少し、頑張ろうぜ?」
そう言うと小さく鼻を啜る音がしたが、確りと手の下の頭が
頷くのが判った。
「銀さ~ん、そろそろ仕事の時間・・・って、どうしたんですか?」
朝食の後片付けをしていた新八が姿を現したが、
二人の雰囲気に一瞬その足を止めた。
「ん?別にどうもしねぇから気にすんな」
直ぐに銀時が軽く笑って答え、目元を擦る神楽の
姿を新八から隠した。
だが、確りと見えていたようで、そんな二人に
新八は微かに辛そうに眉を寄せるが、それでも
何も聞かず二人の下へと足を進めて来た。
そして少しだけ屈むと、懐からハンカチを取り出し、俯く神楽へと
差し出す。
「はい。あんまり擦ると赤くなっちゃうからね?」
それぐらいは気にしてもいいでしょ?と笑う新八に、神楽は
ますます涙が出てきそうになったので、慌ててそのハンカチを
奪い取った。
「別にそれも気にするようなもんでもねぇと思うけどな」
場を和ますつもりなのか、それとも何時もの癖なのか。
銀時がからかう様にそう言うと、新八のハンカチで顔を
覆っていた神楽がブンッと片手を銀時の腹部目掛けて突き出した。
「っがっ!!・・て、テメー何しやがるっ!」
「・・・気にすんなヨ」
「いや気にするよ!?
なんかめっちゃ力籠められてたからね?
ものっそいいい角度だったから、今ぁぁぁ!!」
お返しとばかりに銀時が神楽の頭を叩く。するとすぐさま
神楽が顔を挙げ、銀時へと突っかかっていった。
「大体銀ちゃんが悪いアル。年頃の女の子に対して
言う事じゃないネ!」
「オマエこそ年頃の女の子がするような事じゃねぇだろうがっ!」
「ちょ、二人とも止めてくださいよっ!」
ギャーギャーと騒ぎ出した二人に慌てて新八が止めに入るが、
どうやら耳に入っていないらしく、銀時と神楽は居間を
引っ掻き回しながらお互いをど付き合っている。
「あ~あ・・・どうしよっか、定春」
とりあえず身に危険が及ばない位置まで避難した新八は、
居間の床で寝転んでいる定春へと声を掛けた。
だが答えなど返ってくる筈がなく、大きく欠伸をする
定春に新八は一つ苦笑すると、転ばされたゴミ箱から
出てきた紙くずを拾う為、腰を屈めた。
「全くそんなに騒いで・・・お登勢さんに怒られたって
知りませんからね、僕」
あ~あ、折角綺麗に片付いてたのに、これじゃ前と一緒・・・ってか
もっと酷くなってね?
掃除する身にもなれってんだよ、全く。
・・・て、あれ?
新八は拾った紙くずをポトリと落とし、そのままゆっくりと体を起こした。
そして呆然としたまま、視線を空中へと飛ばした。
「・・・新八?」
「どうかしたネ?」
新八の様子に気付いたのか、銀時と神楽がお互いの頬を
引っ張り合いながらそう問い掛けた。
それに新八はゆっくりと顔を向けると、戸惑い気味に口を開いた。
「・・・なんか戻ったみたいなんですけど・・・」
僕の記憶。あっさりと言う新八に、銀時達は目を見開き、次に互いへと
視線を向け直すと思いっきり引っ張っていた頬を抓り上げた。
「「っってぇぇぇ!!!!!」」
「ちょ、何やってですか、アンタ達っ!!」
相当痛かったのだろう。それぞれが自分の頬を押さえて
しゃがみ込んでしまった。
慌てて新八が駆け寄るが、辿り着くよりも前に
大きな手と小さな手が伸ばされ、抱え込まれてしまった。
「それはこっちの台詞だろうがぁぁ!!オマッ、俺等が
どれだけっ・・!!」
そこまで言うと、銀時は言葉を詰まらせ、抱き締める腕に力を
込めた。
それは神楽も同じで、黙ってギュウギュウとしがみ付いてくる。
苦しいほどの抱擁に、新八は体がギシリと軋む気がしたが、
今はそれよりもこちらが大事だ・・・と、なんとか両腕を
二人の間から出し、それぞれの背中にそっと這わせた。
「・・・すみませんでした。銀さん、神楽ちゃん」
「・・・違うネ、新八。そうじゃないネ」
呟くと顔を俯かせたままの神楽からくぐもった声が返ってくる。
「えっと・・・だったら待たせちゃってごめんなさい?」
「確かにものっそい待ったけどな。でもそれでもねぇだろ」
ならば・・・と告げた言葉に、今度は銀時から否定の言葉が
返された。
「じゃあ・・・ただいま、銀さん、神楽ちゃん。」
・・・どうやらこれが正解だったらしい。
新八の言葉に、ますます銀時達の力が籠められたが、
新八は苦笑するだけに留め、ポンポンと二人の気が済むまで
その背中を優しく摩る事にしたのだった。
「所で銀さん、もう仕事の時間過ぎてるんですけど・・・」
漸く落ち着いてきたのか、黙っていた口を開け記憶を無くした事を
愚痴り出した銀時達に、新八がおずおずと口を開いた。
どうやら記憶が無くなっていた時の事もちゃんと覚えているようだ。
「じゃあ過ぎ去ったままにしとけ。
今日は絶対無理。やだ。行かない」
「何処の子供だよ。」
未だ新八を抱き締め、肩口に顔を埋めたままそう告げる銀時に、
新八は軽くツッコム。
だが流石に無理矢理行かせようとは思っていないようだ。
仕方ないな・・・とばかりに苦笑し、カクリと上を向いた。
でも、流石に何時までもこの状態ではいられないし・・・
や、嬉しいんだけどね。だけど・・・と新八が考えていると、
不意に神楽が新八の胸元から顔を上げた。
「私、姉御達に教えてくるヨ!」
行くヨ、定春!と呼び掛け、それまでしがみ付いていた新八から
呆気なく身を離した。
「え?ちょ、神楽ちゃん?」
「いいからっ!新八はそこのマダオの世話をするヨロシ」
その代わり、今夜は川の字で寝るアル!それだけ言うと、神楽は定春を
引き連れて外へと飛び出していった。
残されたのは未だ新八を抱き締めている銀時と、神楽に
まわしていた手を所在無さ気に上げている新八の二人だ。
「・・・気、使わせちゃいましたかね?」
「・・・かもな。」
呆然とその後姿を見送っていた二人だったが、そう呟くと
クスリと笑い、軽く互いの額を合わせた。
「ま、アレだ。・・・お帰り、新八」
合わせたままの額をグリグリと動かしながら、銀時が呟く。
それにくしゃりと顔を綻ばし、新八は空いてしまった手を
銀時の頬へと沿えた。
「うん・・・ただいま、銀さん」
多分もう少ししたら、神楽から話を聞いたやつ等がここに押し掛けてきて、
物凄い騒ぎになるのだろう。
もしかしたら今夜は川の字ではなく、雑魚寝になるかもしれない。
それは新八が、そして銀時達が心の底から望んでいた光景で。
あぁ、本当にお帰り。
ならばせめてその時まで・・・と、銀時は久しぶりに見る
ズレのない笑顔の新八に、そっと唇を落とした。
*******************
四万打お礼企画・第二段
リミル様からのリクで「新八が事故で記憶喪失になり、
銀さんと神楽が必死で記憶を取り戻そうとする話」
と言う事でしたが・・・如何だったでしょうか。
なんか無駄に長くなってしまった気が・・・(滝汗)
てか頑張ってたのにソレが全く報われていない
記憶の戻り方ですし(笑)
本当、修行不足ですみません~っ!!
こんな感じになりましたが、少しでも
気に入って頂けたら嬉しいですv
企画参加、有難うございましたvv
今日、神楽ちゃんに泣かれてしまった。
帰りが遅いから心配して迎えに行ったら、突然に・・・だ。
何時だって元気で、一生懸命僕の記憶を戻そうと頑張って。
おまけにお手伝いまでしてくれる神楽ちゃん。
そんな神楽ちゃんが、まるで体全体で悲しんでいるかのように
大泣きして・・・
・・・あぁ本当、なんで僕、忘れちゃったんだろう。
神楽ちゃんの涙は、どんなに僕が声を掛けても、
真選組の二人が声を掛けても、止まる素振りを見せず、
仕方なく僕は神楽ちゃんの手を引いて万事屋へと帰る事にした。
「こりゃ~・・・また盛大だなぁ、おい」
万事屋には既に銀さんが仕事から帰ってきていて、苦笑しながらも
未だ僕から離れず泣いている神楽ちゃんの頭を、優しく撫でた。
後、僕の頭も。
それは同じように優しいモノだったのに、僕にとっては
とても重いもので、漸く泣き止んだ神楽ちゃんを
銀さんに任せると、少しずつ慣れてきた台所へと逃げるように
足を動かした。
最初、病院で目覚めた時、なんでそんな状況になっているのか判らなかった。
だけどもっと判らなかったのは、説明してくれた姉上の言葉だ。
「万事屋に戻る時に事故に合ったのよ?」
どうやら僕は事故に合って病院に運ばれたようだ。
それは判った。でも万事屋って?
そう聞いた時の姉上の驚いた顔と、勢い良く病室へとなだれ込んできた
二人の切羽詰った顔をよく覚えている。
そして、僕が誰なのかと尋ねた時の、あの何かが抜け落ちてしまったような
表情も。
でも落としてしまったのは僕の方だったのだ。
お医者さんが言うには、今の僕には数年分の記憶がないらしい。
そんな自覚は全くなかったのだが、あの時お医者さんに詰め寄った
銀さんの顔は、痛いほど真剣だった。
お医者さんの言葉が本当の事なんだと、実感させる程に。
そんな銀さんの剣幕に、内心びっくりしたものの、
それ以上に不思議と胸が痛んだのを覚えている。
知らない人なのに。
全然記憶にない人達なのに。
泣きそうな神楽ちゃんの顔と、怒っているかのような銀さんの顔に。
何故だか酷く、泣いて謝りたくなるぐらい胸が痛んだのを。
とりあえず記憶以外は異常が見られないという事で、僕は早々に
退院出来たのだけど、姉上の提案により家には戻らず、
僕が働いていたと言う万事屋へと行く事になった。
入院している間、毎日お見舞いに来てくれていたと言っても、
僕にとっては初対面に等しい人達。
そんな人達と突然一緒に暮らせと言われ、正直戸惑った。
けれど銀さん達は、そんな僕に構う事無く気軽に接してくれ、
少しでも記憶を取り戻す切欠になれば・・・と、今までの出来事や
日常の事、行った事のある場所等をたくさん話してくれた。
聞いてる分にはツッコミ所満載な、とても本当の事とは
思えない事ばかりだったけど、話をしている銀さん達の顔は
最初見た時とは全く違い、とても柔らかかった。
あぁ、きっとここにはそんな表情が溢れていたんだろう・・と
難なく想像する事が出き。
そして、その中にはちゃんと僕も居たのだと思うと、とても
嬉しくなった。
だからこそ、時折させてしまう哀しい表情が辛いのだけれど。
それは、僕が何かの場所を聞いた時だったり。
買い置きがあるのを知らずに物を買ってきてしまったり。
・・・戸惑いながら、名前を呼んでしまった時だったり。
そんな時、銀さん達は一瞬だけど、酷く傷付いた顔をする。
すぐに元の顔に戻って、鹹かったりしてくるけどね?
でも・・・あの一瞬は確かにあって。
あぁ、またやってしまったのか・・・と自分にうんざりする。
最初に胸が痛んだ時、何故だろうと不思議に思っていた。
でも、今なら判る。
ようは辛いのだ。彼等のそんな表情が。
そして、そんな表情をさせてしまう事が。
そんな顔、見たい訳じゃないのにね。
聞かせてくれる話通り、楽しげな表情を浮かべてて欲しいのにね。
僕としては、まだ会ったばかりの人達だけど、
心の底からそう思うんだ。
だってそれは、きっと僕にとって、とても大切なものの筈なんだから。
「早く・・・戻りたいな」
お茶の用意をしながら、じんわりと滲んできた視界をグイッと拭いた。
別に今の僕が変と言う意識はないけど。
でも・・・そう思う。
早く、一刻も早く。
聞いてるだけで心が暖かくなる様な時間を、
あの人達に返してあげたい。
何より、自分がその中に早く帰りたい。
「・・・僕も頑張らなくちゃ」
とりあえずこれからは積極的に他の人達にも話を聞いてみよう。
そう決意すると、用意したお茶を手に、二人が居る居間へと足を向けた。
どうやらお茶の淹れ方だけは変わっていないらしく、
二人ともこれを呑むと途端に嬉しそうな顔をするのだ。
ならばせめて・・・ほんの少しでも良いから
泣き顔でも苦笑でもなく、本当の笑顔を。
そう願いを込めて、僕は今日も丁寧にお茶を淹れる。
その後、前の生活を下のお登勢さんに聞いた所、
仕事はしないマダオな銀さんと、それにそっくりさんな神楽ちゃんと言う
今からは考えられない話を聞いた。
や、だって銀さん、仕事してるしね?
神楽ちゃんだって、率先してお手伝いしてくれるからね?
その温度差は何なんだろう・・・と思いつつも、
何故だか妙に納得している自分が居た。
・・・変なの。
*********************
次ぐらいで終わらせます。
「あれ?チャイナじゃねぇか」
道の向こうから聞き慣れたくない声が聞こえてきて、
神楽は一瞬足を止めた。
が、直ぐにその場を走り出そうとし、ガシリと肩を捕まれる。
嫌々振り向いてみれば、ソコには予想通りの人物が居て。
「触るんじゃないネ、このセクハラ野郎」
「はっ、そんな事は排卵出きる様になってから言いやがれ」
「ちょっ!総悟ぉぉ!!?お前こんな往来で何ほざいてんのぉぉ!」
神楽の言葉を鼻で笑い飛ばす沖田に、傍に居た土方が
慌てて口を挟む。
全く、急いでるって言うのに、碌でもない連中に捕まったネ。
神楽は肩を掴んでいる沖田の手を振り払うと、何か用か。
と簡潔に問い質した。
新八に買い物を頼まれたものの、途中で友達と会ってしまい、
少し寄り道してしまったのだ。
すぐ帰ると言った手前、こんな所で時間を食うのは遠慮したい。
すると沖田は払われた手を軽く振りながら、少しだけ
表情を改めた。
「いや、別にテメーに用はねぇが・・・新八の調子はどうでィ」
その口調と視線に、沖田も心配している事が判り、神楽は
少しだけ口元を引き締めた。
勿論、隣で神楽の答えを待っている土方も同じ表情だ。
少しの無言の後、神楽は閉ざしていた口を小さく開いた。
「・・・まだヨ」
万事屋へと帰って来た新八。
だが、彼の記憶は未だ戻ってはいない。
銀時と神楽がどんなに今までの話をしても。
実際にその場所に足を運んでみたとしても。
新八はただ、それを聞き、眺めるばかりで。
それでも・・・と神楽は思う。
それでも、新八は帰って来てくれたのだ。
ちゃんと生きて、元気に神楽達の傍に居てくれているのだ・・・と。
大体銀ちゃんだって、ちゃんと記憶を取り戻せたのだ。
新八だって、その内ひょっこりと記憶が戻るに決まっているヨ。
ならば、自分はまた待つだけだ。
銀ちゃんの時のように、信じて待っているだけだ・・・と。
そう思っていた。・・・けれど、
「えっと・・・みりんって何処にあるのかな?」
「あ、洗剤がもうないや。買って来なきゃ・・・え?買い置きがあるの?」
そんな新八の言葉に、ズキリズキリと胸が痛むのも事実で。
だって、今までは自分達が聞いていたのだ。
爪きりでも判子でも、新八に聞けば直ぐに取り出してくれた。
家主である銀ちゃんよりも、余程万事屋の事を知っていたのだ。
自分達の好きなオカズ、生活習慣。
慣れ親しんだ自分達との会話、癖、その全てが今の新八にはない。
『神楽ちゃん』
そう呼ぶ声も、前とは違って聞こえてしまう程だ。
呼ぶ声も、人も、記憶以外は変わっていない筈なのに。
「・・・でも、大丈夫ネ。きっともうすぐ戻るアル」
神楽は緩く頭を振ると、ニカリと笑って沖田達を見た。
だが、それは上手くいかなかったようだ。
目の前の憎たらしい顔が、辛そうに歪められる。
・・・今の新八がよくするような表情に。
違うのだ、別に今の新八が気にするような事じゃないのだ。
記憶がないんだから、何が何処にあるかなんて判らなくていいのだ。
自分達の我が侭な胸の痛みなんて、気にしなくていいのだ。
でも、新八は申し訳なさそうに顔を歪める。
新八は新八なのに。
例え記憶がなくっても、新八には変わりないのに。
何時だって、笑っていて欲しい事に変わりはないのに。
神楽はそれ以上目の前の表情を見て居たくなくて、すっと視線を
下に向けた。
「・・・なら、テメーも何時もらしくしたらどうでィ」
お使いの帰りだろ、それ。そう言って神楽の持っていた買い物袋を、
沖田は膝で指した。
「何時もならそんな事、しやぁしねぇだろ」
「・・・しないけど、それじゃダメネ」
頭の上からかかるぶっきら棒な声に、神楽は緩々と首を振った。
だってあの日、新八が言ったネ。
ダラダラしてる私達に、『もう知らない』・・・と。
話はいっぱいしたヨ。
色んな場所にも連れてったヨ。
今だって、ちゃんと待ってるネ。
でも、何にも記憶、戻らなかったヨ。
なら、もうこれぐらいしか出来る事がないネ。
いっぱい手伝って、もう知らないなんて言われないように。
たくさん手伝って、前のような笑顔で居て貰えるように。
あぁ、でも。
遠くから、自分の名を呼ぶ新八の声が聞こえる。
多分遅い自分を心配して迎えに来てくれたのだろう。
けれど、その呼び方はやはり少し違うように聞こえて。
・・・どれくらい良い子になれば、あの日の言葉を撤回して貰えるのだろう。
俯いた視線の先で、じんわりと地面が歪んでいくのが見えた。
****************
・・・終わりが見えません(泣)
「どうやらここ数年の事を忘れているようですね」
不思議そうに俺達を見る新八に対して、医者が言った言葉がコレだ。
なんだ、ソレ。
じゃあ何時戻るんだよ。
襟首を掴み上げそう聞くと、医者は緩く首を振った。
突然戻るかもしれないし、ずっと戻らないかもしれない・・・と。
何だ、ソレ。
医者がそんな適当な事でいいのかよ。
違うだろうが、もっとちゃんと見ろよ。
ちゃんと見て、きっちり治せよっ!
ギリギリと襟首を締め上げていると、横から小さな声で名前を呼ばれた。
そしてそっと触れてくる、小さな手。
見れば神楽が眉を顰めて、緩々と首を振っていた。
大丈夫だ、神楽。
今銀さんがきっちり話をつけてやるから。
新八をちゃんと治してやるから。
だってこいつは曲がりなりにも医者なのだ。
治せない筈がないんだから。
「ダメヨ、銀ちゃん。」
けれど神楽は首を振るばかりで、俺の提案に乗ってこない。
なんでだよ、新八が変になってんだぞ?
そう言うと、神楽は振っていた首を止め、すいっと視線を動かした。
その先では、見慣れた大きな目が、見慣れない色で俺を見ていて。
「・・・気長に待つしかありません」
思わず力が抜け落ちた手から、漸く開放された医者が
襟元を正しながらそんな事を俺に告げてきた。
・・・なぁ、本当に待ってたら記憶は戻るのか?
数日後、記憶以外は大した事ないと判断された新八が
病院から退院してきた。
その間毎日見舞いに行ったモノの、新八は俺達の事を
思い出すことはなく、忘れたままだ。
「全部忘れたアンタに比べれば、可愛いもんさね」
当然、俺達の事を忘れているのだから、お登勢達の事も
忘れていたのだが、理由を聞いたお登勢は気丈にもそう言って笑い、
改めて自己紹介をしていた。
お妙も、最初は動揺していたものの、体に異常がないと
判ると
「暫く銀さん達のトコに居させて貰えるかしら?
その方が何か思い出すかもしれないし」
と言って、退院した新八を万事屋へと寄越してくれた。
例え自分の事を覚えていたとしても、共に過ごした時間を
忘れられたのだから辛くない筈がねぇってのに。
そして神楽も・・・
「ここネ!ここで新八は家事の一切を取り仕切っていたヨ」
そう言って不思議そうに万事屋を見上げる新八の手を取り、
ニコニコと笑っていた。
本当、女ってヤツは年に関係なく強い生き物だ。
俺なんざ、『坂田さん』と呼ばれただけで
泣きそうになったってぇのによ。
「・・・いや、僕の仕事場だよね?ここ。」
「最優先の仕事が家事だったヨ」
いいから入るネ。そう言って戸惑う新八の背を押し、神楽が階段を
上がっていく。
それをぼんやりと見詰めていると、クルリと振り返った神楽が
大きな声で俺を呼んだ。
その目には、先程までの笑顔なんか一切なく、
何かを必死に耐えている色をしていて。
あぁ、判ってるって。
幾ら強かったって、辛くない訳じゃねぇんだよな。
大丈夫、俺だって何時までも凹んでるつもりはねぇし、
ただ待ってるだけってぇのも性に合わねぇ。
新八は無事だったんだ。
ならまずその事に感謝して、後は記憶を戻す事だけを
考えりゃいい話さ。
たかが一度の事故で、俺達の今までを
無くしてたまるかよ。
・・・あぁ、でもとりあえずは。
「えっと・・・お邪魔しま・・・」
開けた玄関から、軽く頭を下げて入ろうとする新八の口を
さっと自分の手で押さえ込む。
突然の事に、目を大きく開いて見上げてくる新八に、
俺はやんわりと口元を緩ませた。
「ただいま・・・だ。新八」
言い聞かせるように告げれば、新八は驚いたように目を瞬かせた。
そしてゆっくりと、俺から神楽へと視線を移す。
同じように俺も視線を移せば、ソコには祈るように新八を見上げ、
袖にギュッとしがみ付いている神楽が居て。
一瞬、新八の目が戸惑うように揺れたが、直ぐに柔らかく緩み、
「・・・ただいま」
と、少しだけ照れ臭そうな顔で、俺の手の下の唇が動いた。
うん、お帰り、新八。
まだ記憶は戻っていないけど、まずはこの言葉でオマエを迎えさせてくれ。
*****************
すみません、もう少し続きますι
その日、万事屋では何時もの光景が繰り広げられていた。
銀時はダラダラとジャ○プタワーを積み上げ、神楽は
ソファに寝転び、同じようにダラダラと酢昆布を齧りながら
週刊誌チェック。
そして一人家事に勤しむ新八は・・・
「アンタ等、少しは手伝うって気にならないんですかっ!」
箒を片手に怒っていた。
その様子に、チラリと視線を向けた銀時だったが、
すぐに視線を戻し、ヒラヒラと片手を振る。
「いやいや、気持ちはあるんだよ?気持ちは。
でもさ~ジャ○プが俺を呼んでる訳よ、うん。
これってさ、しょうがなくね?」
「私は気持ちもないけどナ」
「ちょ、神楽っ!オマエソコはあるって言っとけって。
言うだけならタダなんだからよぉ」
「いやアル。私は自分に素直な女ネ。
心にもない事は口にしないアル」
「それが言えるのが大人ってもんなんだよ。
あ、新八イチゴ牛乳持ってきて~」
「そんな腐った大人にはなりたくないネ。
あ、新八酢昆布がもうないアル。買って来てヨ」
二人の全く悪びれない態度に、新八は持っていた箒を
勢い良く床に叩きつけた。
「それぐらい自分でやれやっ!
もうあんた達なんて知りませんからねっ!!」
・・・とは言うものの、ついやってしまうのが新八な訳で。
新八は怒りながらも台所に行き、それでもせめてもの抵抗・・・と
二人にお茶を入れると、買出しに行ってきますっ!と肩を
怒らせたまま外へと出て行った。
「・・・イチゴ牛乳って言ったのに・・・」
「私の方はきっと大丈夫ネ。」
物凄い音を立てて閉められた玄関の音に、ノソリと二人は起き上がり、
銀時は目の前のお茶を見詰めて肩を落とし、神楽はニシシと笑みを
浮かべる。
それを見て、銀時が器用に片方だけ眉を上げた。
「判んねぇぞ?新八、結構怒ってたからな。
無理矢理にでも忘れてくるかもしんねぇぞ」
「そんな事ないネ。私は酢昆布の存在感を信じてるヨ!」
「・・・いや、ソコは新八を信じてやれよ」
それより今日の夕飯なんだろうな~。そう言って銀時は再びジャ○プへと戻り、
神楽も週刊誌へと意識を戻していった。
隅の方では、定春が大きな欠伸をしている。
それは全く何時もの万事屋の光景で。
ほんの少しの変化も見られない、ある訳がないと誰もが信じていた
光景であった。
そんな光景から二時間後、銀時と神楽は病院の廊下を走っていた。
目指すは受付で教えてもらった一室。
そこには、先程まで何時もの様に帰ってくるのを待っていた少年が居る筈で。
って、何で帰って来ずにこんな所に居るんだ?
オマエの帰ってくるのはウチで、こんな所じゃねぇ筈だろうが。
忙しなく前へ前へと進む足とは別に、そんな疑問が銀時の頭を
駆け巡っていた。
隣を走っている神楽も同じだろう。
看護士の静止の声も聞かず、ただただ、走っている。
それは今より少し前。
新八の帰りをダラダラとしたまま待っていた銀時の元に、
一本の電話が入ってきた。
相手は新八の姉であるお妙で、何時も気丈に振舞っている彼女には
珍しく、その声は震えていた。
「あ?何かあったのか」
そう聞くと、お妙は消えそうな声で、
「新ちゃんは・・・居る?」
と聞いてきた。
「いや、今買い物に出掛けてっけど・・・何か用か?」
「ううん、用って訳じゃないんだけど・・・どうしましょう」
困った様に呟き、黙り込んでしまったお妙に、銀時は
ザワリと胸が騒ぐのを感じた。
それはとても不快な感触で。
今直ぐにでも受話器を置いてしまいたい程の衝動で。
けれど、続きは聞かなければいけないような気がして。
「・・・どうしようって、何が?」
固い声で、そう問い返す。
銀時の雰囲気の変化が判ったのか、神楽が訝しげな視線を送ってくるのを
感じたが、今はそれ所ではない。
ただ、受話器の向こうへと神経を集中させていた。
その耳に、小さな、けれど確りとお妙の声が入り込んできた。
「さっき、病院から電話があったの。
新ちゃんが事故にあって運ばれてきたって」
ねぇ、本当にソコに新ちゃんは居ないの?
問われた言葉に、銀時は先程の自分の言葉も忘れて、
キョロリと室内を見渡した。
ソコには、いつもの光景があって。
何時もの様に、新八の帰りを待っている自分達が居て。
・・・あれ?なんで居ないんだっけ?
視線の先で、勢い良く閉めたせいでほんの少しだけ開いている玄関が、
未だ新八が帰っていない事を告げていた。
その後、偶々家賃を回収に来たお登勢にお妙共々正気に戻され、
銀時は神楽は病院へと急いだ。
「後で私も行くからね。あっ!そんな状態で運転なんかすんじゃないよっ!」
そう言われ、ならば・・・と、銀時と神楽は定春へと跨った。
もう、頭の中は疑問符の嵐だ。
だって新八は買い物に行ったのだ。
それがなんで病院なんかに運ばれているんだ?
車に撥ねられたって、どうして?
だって新八は買い物に行っただけなのだ。
自分達の夕飯を買いに出かけただけなのだ。
なのになんでそんな事になっているんだろう。
なんでなんでなんで?
だが、それは新八に会えば直ぐに判る事だろう。
だから早く、少しでも早く、新八の所へ。
「新八っ!!」
やっと辿り着いた病院の一室。
その扉を開け、呼びかけてみれば、ソコには真っ白い空間と、白衣を着た塊。
そして戸惑ったような顔のお妙と、
「・・・どなたですか?」
頭に白い包帯を巻き、不思議そうにこちらを見ている新八の姿があって。
あぁ、本当。何だよ、コレ。
俺は疑問符所か、全てが体から抜け落ちていくのを感じた。
********************
四万打お礼企画第二段。
リミル様からのリクエストですが・・・すみません。
長くなりそうなのでちょっと切らせて貰いますっ!